<108>人間一生のリズムに異変が起きている
新規投稿者 阿座上洋吉  投稿日 3/13(日) 11:23:54  返信も含め全削除

1.人生リズムの見直し
 世界一の長寿国となった日本は、過去に出来上がった人生のリズムのモノサシで判断してはいけない。今、現代社会に通用する新しい人生リズムのモノサシの検討に迫られている。前回<107>で記述したとおり人間は自分の一生の中で成し遂げるための人生リズムを持っている。その人生リズムとは、一生を3分割するリズムを持っていることである。最初の3分の1を子供時代として過ごし、後の3分の2を大人として過ごしている。最初の3分の1の子供時代は教育期間として利用されている。教育期間が終わり大人になると社会に進出する。大人になってからの中間点に差し掛かると中年といい、社会では大人の中間点として認識されそれなりの仕事をするようになる。今、このモノサシに大きな狂いが生じており混乱している。それは人生50年時代に出来上がった人生リズムのモノサシが機能しないのであり、現代の人生リズムに到底使えるようなものではない。過去のモノサシを現代社会で使う方がおかしいのである。

2.中年論で整理すると理解しやすい
 明治の初期までの日本人の平均寿命は、45才前後であったから当時までの人生リズムは、最初の3分の1の子供時代は15才までであった。昔の表現で言えば15才前後で元服という大人になる儀式があった。当時はこれで大人の仲間入りするため、親の手助けや兄弟の面倒をみるのは当然であり、年令はともかく考え方や行動は立派な大人の行動である。女性の嫁入りにしても10才代が一般的であった。この点からも人間は一生が短い場合は精神的に大人になることが早いのである。人生リズムの次の3分の1は、大人になってからの中間点を向かえ年令は30才となる。大人の中間点であるから中年として位置づけられ、最も働き盛りとして重要な年令として位置づけられている。日本は長い間の鎖国から近代化のスタートとなった明治維新は、28才前後の人物が活躍しており、当時は決して若者扱いを受けている人物ではなく、立派な思慮深い中年としての行動とみられている。現代社会の28才と比較して見ては如何であろうか。28才は現代社会ではようやく大人になり、結婚の準備ができそうな年令で、到底中年に近づいているとは思えないであろう。

3.子供時代の長期化現象と超高学歴化
 人生80年台に入った日本は、子供時代が益々長期化してきた。高校卒業者が大量にフリーター化する現象も中々大人になりきれない現象と見るべきである。この子供達や若者を嘆いている大人たち自身が、超若者化している自分の姿を認識すべきである。人生80年を3分の1すると27才となるから、ここまでを子供時代として考えれば、この間は精神的に成長している期間であり教育期間が延長されていると認識すべきである。この27才という年令は大学院の卒業年次に相当するから、超高学歴化が進む必然性があり、その環境が整ってきたと見るべきである。中々大人にならないと嘆くよりは、精神的、肉体的に若返って長生きできることを喜ぶべきである。しかし、人生3分の1リズムのモノサシを更新しなければ混乱することを注意しなければならない。

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