新規投稿者 阿座上洋吉
投稿日 5/30(月) 01:05:36
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1.企業のライフサイクルと近代化への道
企業は生き物であると言われるが、当然のことで人間が経営しているのであるから、企業は人間の一生に左右されるのは当然である。当初の企業は創業者の一生に影響を受ける。創業社は意欲的で創造的、挑戦的なタイプの人間が多いが、創業時の創始者は無からの出発であるから当然のことである。この点で当初はオーナーのライフサイクルに大きく影響する。一代目のオーナーがそれなりに成功を収め、次に二代目、三代目と引き継がれるが、企業として多くの難問はこの時点で発生する。一般的には子供に引継がれるため兄弟経営となる場合が多く、当初は順調に見えてもやがて跡目相続等のお家騒動が起きる場合が多い。親の出資も分割され兄弟が企業の共同出資者になるため、複数の出資者の形態の企業になり、権力分散化の形態ができ上がるのである。企業拡大化の分かれ目はこの段階に大きく影響され、企業が大きく成長するか、生業として細々と生きのびるかの分かれ目となる場合が多い。この分かれ目を左右する要因はどんなものであろうか。
2.生業意識と企業家精神
個人の生活費を意識した事業を生業と言い、社会的役割を果たし社会的存在感のある事業を企業と言うが、この生業と企業の分かれ目の時点が存在する。創業者は当初は生業から始まり、生業が順調に拡大するにしたがって企業化するのであるが、ここで生業から企業へと変化する時点に何が存在するのであろうか。これは前述した創業一代目から二代目、三代目に引継がれる段階で起きる要因に類似した共通点がある。その共通点に一種の分岐点の秘密が存在するのである。その分岐点のモノサシとなるのが企業家精神である。企業家精神とは、経営者の意識の問題で、社会的に公的な存在感の意識が強く、私企業でありながら公的意識が強い経営者という定義であろう。多くの従業員や取引先、国や地方自治体、地域住民等多くの利害関係者に公平で公正な存在価値がなければならない。これは、私企業の意識を超えた理念であり重要な要因となっている。感情的で公平公正のモノサシが横ぶれするようでは、現代社会に通用する経営者と言えないのはそのためである。
3.管理職の公平公正の価値観
近年、大きく価値観が変化している世代格差の問題があるが、近年はこの問題を簡単に世代格差として片付けることはできない。それは世代格差というより世代異質の問題であるからで、世代別異人種と考えなければならない。人種が違う人材が集まって一緒の仕事をするのであるから、これからの管理職は多民族の人材を管理できなければ管理職は勤まらない。ここに従来の人事管理と大きく相違する点は、管理職として公平公正の基準である。企業家で公平公正のモノサシが横ぶれするひとが生業から抜け出せないのと同じで、管理職も公平公正が自分の存在価値がふらつかないことが重要で、これが管理職の最低限の条件となっている。この点でアメリカは多民族国家のため管理職の公平公正については一歩進んでいる。日本も近年ようやく公平公正の価値観が管理職の条件になってきた。
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