食材あれこれ(子羊の丸焼き1)
新規投稿者 三木 伸哉  投稿日 04/6/1(火) 08:43:50  返信も含め全削除

2000年、10月1日の国慶節の前夜、内蒙古に行った時のことであった。瀋陽市の東北学院高校の日本人教師、男女7人と私の8人旅であった。
かつてジンギスハーンが、この蒙古の大地を何千頭もの軍馬を引き連れて、疾走したであろう大砂丘を、1時間半ほど馬でかけ巡り、パオに戻ってきた。
若い女性達は、夕食に子羊の丸焼きを食べたいという。折角モンゴルまできたのだから、羊を食さないということない。この草原に繋がれている子羊のどれかが、我々8人の夕食の犠牲になるのであろうかと、一瞬その今生の別れの儀式が、頭を過ぎった。
 西の端に陽が沈み、急に肌寒くなった。あちこちにパオの灯が点りはじめた。満天の星が輝き始めた。かつて少年時代の故郷の空も、このように夜空に星ぼしが輝いていた記憶が蘇ってきた。何十年も見たこともない星空が頭上に瞬いている。
「晩飯準備完了」の声がしたので、夕食会場のパオに入った。これがさっきの子羊の姿だろうか、贅肉を殺ぎ落としたような貧相な骨格に肉がこびりついている。オリーブ油か何かでコンガリと焼いたものであろうか、そのテカテカの子羊をメインディッシュに、鶏の脚の指のついた部分(ゼラチン状のもの)、鶏の首を醤油でつけて焼いたものなどを含め、10品ほどテーブルに並べてある。
 日本人の若きお嬢さん先生達は、子羊の丸焼きを食するのに余念がない。私は子羊の頭骸骨から脳味噌を取り出して食してみた。食の本場中国へやってきたのだから、「何でも食べてやろう」の気持ちはあるのだが、雲南の昆明に行った時も「なるべくゲテモノを食したい」と言うのは、私一人だけであったから、蛇料理もサソリの天婦羅も食べることは出来なかった。子羊の脳味噌は淡白だけがとりえで、別に美味とはいえなかった。

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