新規投稿者 三木 伸哉
投稿日 06/6/17(土) 06:21:15
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大連水産学院の若い教師が結婚式を挙げると聞いていたので 「何でも見てやろう」と 、参加を希望していた私は本人に 、「結婚披露宴には呼んで頂戴よ」と伝えておいた。
何でも直前に決まる習慣の中国らしく、その3日前に参加の打診が来た。少なくても日本では、半年くらい前から、暦を見ながら日程を決め、発起人会を開き準備をするのが慣わしである。3日前とはあんまりだとも思いながら、すべてに優先して祝賀会に参加することにした。
「9月23日の何時開始ですか」と聞くと、「11時18分から」だという。何だろうこれは、こんな半端な開始時間もあるのかと思いながら、会場に馳せ参じた。高島の暦ではないが、縁起を担ぐことは中国が元祖らしく、この開始時間が決まったようだ。
会場に入ってみると、ネクタイを締めているのは、新郎と司会者、それに水産学院の王先生と私の4人きりである。ラフな格好でどうぞとは聞いていたけれど、新郎新婦の両親も、ネクタイはおろか皺の付いたズボンをはいて参加している。
まず参加者の服装に驚いたのである。煌びやかな服装は新郎新婦だけ、あとは前述の通り、きわめて質素きわまるいでたち、わざとこの日のためにアイロンのかけないズボン、シャツをきてきたのではあるまいか、と思われる服装なのである。
これも新中国建設(1949年からの毛沢東の教えの名残ではあるまいか)
列席者はおよそ180人、外国人はどうやら私一人であるようだ。いずれスピーチの時間もあるから、新郎とは旧知の仲であるし、ひやかしに簡単なスピーチを考え、王先生の奥さんに添削をして貰って準備をしておいた。
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