満州今昔物語 9の2
新規投稿者 三木 伸哉  投稿日 07/9/6(木) 06:44:09  返信も含め全削除
森村誠一はどのように調査したのか
 まず実際にこの部隊に所属していた人たちにアプローチしようした。佐官級以上の8人の人たちを訪問したが、ことごとく拒否された。ただ一人だけ何らかの感触があったというが、上級隊員は口を割らないだろうと判断し、中級隊員にターゲットを絞り説得していったという。石井部隊長から次の3つを厳守せよといわれた。
○        731部隊の秘密は墓場まで持っていけ
○        隊員相互の連絡は禁止する
○        いかなる公職に就くことも禁止する  というものである。
戦後40年経ち、ぽつりぽつりと証言しはじめた人たちが出始めた。
 部隊長石井四郎は京都大学医学部の出身であり、類を見ないほどの俊秀であったという。残虐きわまる悪魔の所業については、順次述べていきたい。
1936年(昭和11年)ハルピンの平房にやってきた日本陸軍は、土地の測量を開始した。この土地に731部隊の本隊を建設するために、その地に住んでいた1638戸の住民に立ち退き命令、立ち退かされたハルピンの農民は家を建てる金もなく、丘の斜面に穴を掘り、木の枝を差し込み、野草で屋根を作り、穴居生活を始める。そして住民の18才から55才までの男子は、一戸あたり4ヶ月の強制労働に徴用された。
 マルタ(英語のmeterial<材料>というのが定説、巷間丸太と言われているが、語源は英語である)は常時3000人、主として中国人、ロシア人の囚人、蒙古人、朝鮮人などが高圧電気の流れる収容所に収容されていた。

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