新規投稿者 三木伸哉
投稿日 11/6/11(土) 06:19:55
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堀辰夫「風立ちぬ」の精読の授業から
精読の授業とは、日本語で書かれた教科書を読解しながら、語彙の意味、段落の内容、文章の主題を読み進めながら、授業を展開する点に関しては、日本の中・高等学校の授業内容と、さほど違わないのではないだろうか。
この授業のなかで大変印象的な、そして10年経過した今でも、鮮やかにその場面が蘇ってくる授業の場面があった。
堀辰雄の名作「風立ちぬ」の、ある断章を取り上げての授業の時であった。 文章の一部を私が朗読した。
「それらの夏の日々、一面に薄の生い茂った草原のなかで、お前が立ったまま、熱心に絵を描いていると、私はいつも一本の白樺の木陰に身を横たえていたものであった。そうして夕方になって、お前が仕事をすませて、私のそばにくると、それからしばらく私たちは肩に手をかけ合ったまま、遙か彼方の、縁だけ茜色を帯びた入道雲のむくむくした塊に覆われている地平線の方を眺めやっていたものだった。ようやく暮れようとしかけているその地平線から、反対に何物かが生まれて来つつあるかのように」
作者堀辰雄が許嫁の節子と一緒に入所していたサナトリウム。もうこのような施設は無くなったのであろうが、サナトリウムという言葉の意味、そこに入院しなければならなくなった二人の間柄、この施設の巡りの風景描写などを感慨深く話していくうちに、学生は次第に節子の死を迎える心情の移り変わりを、読みとり、女子学生たちは、節子自身に成り変わったような気持ちで感想を述べ始めた。
死を迎えるであろう若い薄倖の女性、やがて死が訪れることを予知していても、それをおくびにも出さない節子、その女性像はまさに、まさにかつての日本女性像の典型であったのであろう、学生たちは、その節子に感動したのであった。
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