男4人の台湾訪問(台湾の今昔)3
新規投稿者 三木伸哉  投稿日 11/8/12(金) 07:37:34  返信も含め全削除
男4人の台湾訪問(台湾の今昔)3(添乗員さんからの話も加えて)
 私は旅に出た時、できるだけ添乗員さんのそばに席をとる。今回の台湾旅行でも我々4人のリタイア組と、沖縄の人たちが、会社の同僚とやってきた10人くらいが、後部座席に席を取り、あとのご夫婦の方々、親子の人たちは中間に位置していた。
添乗員の方は生粋の日本人で、台湾に住んでもう25年になるという人であった。
「それでは奥様やお子様は日本に住まわれているのですか」と何でも質問する好奇高齢者。
「いえ、家内は台湾人です。こどもは台北の学校に通っています」という。明晰な日本語、メリハリの利いた話し方、歴史の内容も奥深く、非常に好感の持てる方であった

彼が日本人の50年間の統治時代の功績を語ってくれた。私の認識とはかけ離れた日本統治の素晴らしさであった。日本人のインフラ事業、教育施設の建設をはじめ、当時の日本人の武士道精神に基づくような台湾へ功績の数々も語ってくれたのだが、そのまま信じがたい内容も含まれていた。日本人観光客に対しての日本人としての誇りを強調したかったのではあるまいか。


返信 1 三木伸哉  投稿日 11/8/12(金) 07:38:31  削除
台湾に住む75歳以上の人たちは、終戦まで日本語教育を強制され。皇民化教育を受けた。その教育の内容を、NHKハイビジョウンで見たことがあった。出席者の高齢者の台湾人は、実に滑らかな日本語を駆使していた。幼い時に10年以上も外国の言葉を駆使していたら、生涯忘れ無いといわれている。
しかし60を過ぎてからの第2外国語をマスターできる人は、きわめてまれであるのに、捨てがたい気持ちで、いまだにものにもならぬ中国語を続けている私もいる。
「あの当時を思い出してもぞっとする」と語っていた台湾のお年寄りのことばに、胸がふさがれる思いであった。日本語教育を強制されたことや、天皇の赤子になることの高圧的な教育を批判していたし、日本人として太平洋戦争にも参加したが、多くの戦死者をだした。もちろん靖国には祭られていない。

彼が語るには、馬総統まで大陸と同じ教科書を使われていていたが、地理も歴史も違うのに、どうしてこのような教科書を使わせるのかと、強固に反対して、現在は台湾独自の編集による教科書を使っているという。それでは江沢民時代の反日教育の教科書を使用していたのに、どうして台湾人はこのように親日的なのであろう。
 
2008年の12月の交流協会の実施した台湾人のアンケート調査によると、世界中のどこを旅行したいかでは、日本と答えたのは44%、全ヨーロッパを総合しても32%、大陸の中国は8%、アメリカは6%。どうして日本大好き人間がこのように多いのであろう。旅行の終わるまで私の脳裏から離れず、その答えを模索していた。
それは皇民化教育を受けた人も次第に少なくなり、日本人の治世の良いところばかりが伝承され、日本との輸出入の著しい向上、日本人と台湾人の交流が盛んになるにつれて、両国の文化交流、人物往来、世界の王も台湾出身であり、日ハムの陽も、ジュデイオングも囲碁界のそうそうたるメンバーも台湾出身である。

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